最新情報
Information

最新のお知らせ


2022年12月1日 : 荒野"大好物"カツカレー!! その歴史とは??
荒野"大好物"カツカレー!!
その歴史とは??


ガッツリとサーフィンをした夜、、、無性に大食いしたくなります。そのひとつが「カツカレー」。今日はそのルーツを探ってみようではありませんか!


1947(昭和22)年創業の老舗洋食屋「銀座スイス」が「カツカレー発祥の店」として知られています。カツカレーが誕生したのは1948年。当時常連だった読売巨人軍の千葉茂選手が自分の好物のカツとカレーの両方を一気に食べたいと思いつき、「カレーライスにカツレツを乗っけてくれ!」がキッカケだったとか。あまりにもおいしそうに食べる千葉氏の姿に、その後、正式なメニューに昇格。銀座スイスの人気メニューになったことはもちろん、あっと言う間に全国に広がったみたいです。

当初は特別メニュー扱いで、銀行員初任給3000円の時代に「カツレツ カレー」は180円。銀座スイスでは現在も「元祖カツカレー」と「千葉さんのカツレツカレー」という2つのメニューを出しているとか。。。




「元祖カツカレー」




「千葉さんのカツカレー」
違いはアーモンド型のごはんと千切りキャベツ添え。


ブログを書きながら・・・
あぁ・・・・

腹が減ってきた~~!!



2022年11月24日 : コーヒーが奥深いとか 難しいと思われるのって・・・
こんにちはロミヒです。

只今、水戸京成百貨店出店の真っ最中
のブログ配信になります。

水戸京成百貨店出店は
11/24?~11/29?
地下1階エレベーター脇で
今年最後の出店になります
のでご来店お待ちしております



さてさて、
先日、逗子のカフェシエスタ、アキさんが
バイクを飛ばして来てくれた・・


カフェシエスタは逗子、小坪海岸の崖の
上にあり絶景スポットの古民家で
アキさんお一人で切り盛りしています。



お店からの眺めは最高で
時間の流れがゆっくりに
感じられるカフェシエスタ。




アキさんは、オーナーとも
10年近くのお付き合い
当店の珈琲豆も使っていただいてます。



ドリップもオーナーに教えてもらった
やり方を忠実に守っている
事が話しているだけで
伝わってきます・・・



コーヒー粉の量
お湯の温度
ドリッぷの仕方
何年たっても、手抜きすることなく
ハンドドリップを貫いています。

ハンドドリップ フレスタプラス 

今回来てくれた時もコーヒー4杯は飲んでいかれたかな・・
4回ドリップを見ていかれました。



アキさんは、
「俺はさーー
コーヒープロじゃないから
ちゃんと言われた事まもって
忠実に、コーヒー淹れるよ・・」

とアキさんは言ってました
さすがです!




お店によっても
コーヒーの粉
お湯の温度
ドリップの仕方

ちょっとずつ違いがあります。


ドトールコーヒー
・3~4杯/500ml/粉48g


UCC
・1杯/約150ml/粉10~12g


カリタ
・1杯/250ml/粉18g


調べれば調べるほど
案外お店独自のグラム数(@_@。


それもそうですが
お店によって焙煎度合がちがうので

同じ銘柄でも味わいはちがうのは
当然のことなのです。


コーヒーが奥深いとか
難しいと思われるのって

決まりが無いことも
理由の1つなのかもしれませんね・・・



良かったら友達登録してみてください。
フレスタのLINE公式アカウントは↓ ↓
友だち追加




最新情報はコチラをクリック




2022年11月21日 : 今年も魅惑の香りをお届けします!・パナマゲイシャ"ワイニー"ハートマン
今年も魅惑の香りをお届けします!!


◆Panama Geisha coffee”Winey"
・パナマゲイシャ"ワイニー"ハートマン農園

100g 3,500(3780税込)200g 6,000(6480税込)
ゲイシャをたくさん飲みたいあなたにかなり値打ちな300g 8,500(9180税込)

今期もパナマの老舗コーヒー農園「ハートマン」が栽培するゲイシャをお届けします。風味の強さ、甘さは毎年安定してます。今期もテストロースト直後の段階からでもそれを強く感じます。完熟フルーツのあの「ゲイシャフレーバー」を強く感じます。


ワイニー仕立て(100%天日乾燥)らしい若干の色ムラはあるけど逆に熟れたフルーツ香と甘みが際立ってました。
ロースト3日目くらいから風味がより増してきました。やっぱゲイシャ美味いなぁ~

食べ物然り!
美味しいコーヒーを飲むとそれだけで会話がポジションで明るい!

そりゃそ~すっよね!!一時でも幸せな気分に浸れますからね。


この豆を焙煎する度・・・

今年もなんとか頑張れて来れたなぁ・・・・

あとひと踏ん張り!

もうひと踏ん張り!


ってエンジンが逆にかかります!


あなたもそうじゃありませんか?


一年間走り続けて、、、各々悩んで、、もがいて、、

来月には師走を迎えます。


今年も一年間頑張ってきた自分自身へのご褒美として


現在世界で最も高価で注目され続けているスペシャルティコーヒー


"パナマ ゲイシャ"


味わってみませんか!!







フレスタLINE公式アカウントへの友達追加は↓をクリック!
友だち追加



2022年11月19日 : 世界でもっとも注目され続けてスペシャルティコーヒー「ゲイシャ」とは?

これだけメジャーなコーヒーになっても、、まだまだゲイシャと聞くと、日本人がまずイメージをするのは「芸者」ではないでしょうか?しかし、荒野のブログで紹介するゲイシャとはコーヒー豆の一種で、世界でもっとも注目され続けてスペシャルティコーヒーの一つです。

◆原産地はエチオピア
ゲイシャ種は、もともとエチオピアのゲシャという地域に自生していたことからゲシャ種と呼ばれていましたが、やがてゲイシャ種として知られるようになりました。名前の由来には他にも、現地に出入りした日本人業者が「ゲイシャ」と聞き間違えたという説もあります。(ホントかっ!?)


しかしゲイシャ種、「ゲイシャコーヒー」というとパナマのイメージが強いのは、原産地がエチオピアにもかかわらず、実際にゲイシャ種がここまで有名になったのはパナマだからですね。この品種は病気に弱く、樹高が4m近くもあって栽培の難しいコーヒー豆です。さらに収穫量が少ないこともあり、長い間、コーヒー農園からは生産には不向きと敬遠されてきました。

また、ゲイシャ種は栽培が難しく収穫量の少ないため、希少価値の高いコーヒー豆であるということも大きな理由でしょう。多くのコーヒー農園がゲイシャ種の栽培をしてこなかったため、苗自体の数が少ないということも考えられます。



◆パナマに届いたゲイシャ
エチオピア原産のゲイシャ種がパナマに持ち込まれたのは、1963年。きっかけは、1950年代にIICA(米州農業協力機構)が中米のコーヒー産業振興のため、ゲイシャも含めて多種のコーヒー豆をコスタリカの研究所に持ち込んだためと言われています。その後、パナマコーヒーの父親ともいわれる「ドンパチ農園」が、コスタリカからゲイシャ種を持ち込みました。これがパナマ初のゲイシャだと言われています。その後、パナマ政府がゲイシャ種を農園に無料配布した結果、パナマ国内で広まっていったようです。


◆消え去ったゲイシャ
パナマ国内で広まったように思えたゲイシャですが収穫量が少なく、非効率的と見放されて消え去りました。パナマではカツーラやカツアイといった高収穫量の品種によって、広まりつつあったゲイシャ種が埋もれてしまったのです。




◆世界を驚かせた「ゲイシャショック」
ゲイシャの名は世界から一度忘れられた存在となりましたが、2004年“再発見”される機会がやってきました。それが、パナマのエスメラルダ農園が品評会に出したゲイシャ種です。品評会で取り上げられるや否や、ゲイシャ種の持つジャスミンに例えられるユニークな個性は、一気に世界に名を轟かせたのです。 これが業界一で今でも語り継がれる「ゲイシャショック」!です。


ゲイシャショックの背景には2つの要因があります。
①2001年からパナマでコーヒーの品評会「ベストオブパナマ」を開催し、一躍ゲイシャ種が認められ、高品質へと歩み始めたこと。その後のスペシャルティコーヒーの生産を後押しすることにもなっていきます。

②2つめ当時のパナマコーヒーへの評価です。当時のパナマコーヒーは高品質であったものの、個性が弱く平凡だと評価されていたのです。そのため、ゲイシャの強烈な個性は、大きなギャップとなってショックをより強めたのです。



今日も続く、ゲイシャ伝説
その後の品評会(ベスト・オブ・パナマ)では、エスメラルダ・ゲイシャ一強の時代が続き、2007年には「1ポンド=$130(1kg≒3万円)」で、世界最高落札価格を更新しました。このようにして、ゲイシャコーヒーが神格化されたかのように、一気に高評価な品種として扱われるようになったのです。これは現在も変わりません。



◆全てのゲイシャが美味しいのか?
今日では「ゲイシャ種=美味しい」という神話めいた存在のコーヒー豆ですが、「ゲイシャ種であれば全て美味しい」とは言い難い部分があります。

なぜならゲイシャにも適した気候があり、またどれほど丁寧に育てるかでも大きく変わってきます。エスメラルダ農園はじめパナマの名だたる農園のゲイシャが美味しい理由は、気候と土壌、品種改良、栽培技術が確かなものだからです。

いくらゲイシャとはいえ、産地が違えばワインのテロワールではありませんが全くといっていいほど別モノです。
仏ブルゴーニュ地方の「ピノノワール」と他生産国「ピノノワール」の絶対的違いと同じように・・・


パナマゲイシャが高価な要因は、風味だけではなく希少性もあります。コーヒー好きな人を相手にプレゼントや特別なひと時を考えたとき、ゲイシャというチョイスは見逃せません。

コーヒーというカテゴリーにおいてなかなか手を出しづらいかもですが、一度飲んでみる価値はかなりあります。今までのコーヒーに対するあなたの世界観に新しい発見があるハズだから!!





友だち追加
2022年11月16日 : あなたはトンカツの歴史ってご存じですか?
実は焙煎人荒野・・・大のトンカツ好きです。しかし普段は節制しているので揚げ物は控えています。がしかし!!一日中ガッツリ波乗りした日は好きなものを好きなだけ食べます!今夜はトンカツをお腹いっぱい食べます。笑

ところであなたはトンカツの歴史ってご存じですか?

まぁどうでもいい話ですが今日はお付き合いください。
トンカツという名称の由来は、“豚”の音読みの「トン」と、フランス料理の"c?telettes"(コートレットの英語読みであるカットレット cutlet)の組み合わせからきているとか。※コートレット=子牛肉のカツレツ

一説によると、、とんかつの歴史は、1895年(明治28)に銀座の煉瓦亭が生キャベツを添えた「豚肉のカツレツ」を売り出したことに始まります。ただ、その時はまだ、肉は薄いまま。1929年(昭和4)、上野のポンチ軒が分厚い豚肉を揚げた「とんかつ」を売り出す。ついに「とんかつ」が誕生したとされています。なので上野「ポンチ軒」がとんかつの発祥ともいわれていますね。


ある食文化史研究家の著書で、とんかつが洋食でなく、和食の一つとして完成するまでの経緯を述べています。それによれば『「日本式の大粒のパン粉を使う」「天ぷら式のディープ・フライ」「刻んだ生キャベツを添える」「日本式のウスターソースをかける」「箸を使って、味噌汁をすすりながら、米飯で楽しむ」ことが、和食たるゆえんだ!』日本人の嗜好を満たすための創意工夫の賜物でとんかつが日本固有に発達した料理であると述べています。


■歴史概要
1899年(明治32年)、東京市・銀座の洋食店「煉瓦亭」が「豚肉のカツレツ」(「ポークカツレツ」)をメニューに載せた。それまでのカツレツと違い、牛肉でなく豚肉を使い、ソテー(炒め揚げ)ではなく天ぷらのように大量の油で揚げ(ディープ・フライ)、温野菜のかわりに生キャベツの千切りを添えて提供西洋人だけではなく日本人の客に受け入れられることを目論んで作った料理で、人気となったわけです。

1929年(昭和4年)、御徒町の洋食店「ポンチ軒」が「とんかつ」を発売。カツを包丁で切り分け、茶碗飯と漬け物と味噌汁で食べさせるという和定食のスタイルで提供し、評判となった。2.5 - 3センチメートルという厚切りの豚肉に十分に火を通す加熱調理法を考案した同店のコック島田信二郎を「とんかつの発明者」と呼ぶ者も多いが、彼は自分の料理を「とんかつ」と呼ばれることを嫌っていた??とか。このスタイルの「とんかつ」は好評を博し、全国に広まった。。。。現在のトンカツ専門店のスタイルですね。



銀座煉瓦亭の元祖ポークカツレツ。
煉瓦亭は洋食屋さんらしくお皿での提供ですね。




今日はトンカツを爆喰いしたくなりトンカツの歴史を調べてみました!笑







友だち追加



お問い合わせはこちら
029-879-5856
営業時間/10:00~19:00 定休日/水曜日